大判例

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広島高等裁判所 昭和25年(う)572号 判決

よつて記録を精査するに原審公判調書には所論の様な証人の供述記載があり、証人木村寅雄は被告人から本件綿糸を買受けたものと確信して居たことが認められ、同証人が左様に確信したに付ては、夫相当の事由があつたものというべく、従つて同証人は本件綿糸を直ちに織物に製造する為、被告人をして織物製造業者である杉原金一郎方に持参せしめたものであつて、被告人も木村寅雄が本件綿糸を直ちに織物に製造することは了知して居たものと認めることが出来る。而して普通債権の担保とは、債務者が其の債務の弁済を確保する為、抵当権又は質権等を設定して之を為すものであつて、其の本来の目的性質からして、たとい将来担保物と同一数量、同種類の物の返還を受けることが可能であるにしても担保とすると同時に債権者に其の担保物の処分を許容するが如きことは、債務者として之を為さないのが普通で、本件に於て之を首肯するに足る特別の事由も認められない。しかも被告人か其の主張する様に本件の取引が綿糸を担保とした借金であつたものとすれば、其の債務の弁済期、利率、弁済方法等の約定があるのが普通であると考えられるにも拘らず、其の点に関し何等之を認めるに足る証左も存しない。これ等の点を綜合考察すれば、原審がたやすく証人木村寅雄の供述を排斥して被告人の主張に耳を傾け、本件訴因の証明がないものとしたのは事実を誤認した疑があるものといはざるを得ない。もつとも本件取引が売買であつたとしても、其の代金の支払方法は、一カ月後を支払期日とする為替手形を交付する約定であつたことが認められ、此の様な代金の支払方法は綿糸の売買に於ては普通行はれない方法であるのかも分らないが、被告人に於て其の交付を受けた為替手形を直ちに現金化することも不可能ではなく、此の一事を以て直ちに本件取引か売買でなかつたものと断する証左とはなし難い。右の様な支払方法に依つたのは或いは被告人は木村寅雄から右為替手形を受取り、之を割引いて現金化することによつて当時の自己の金融難を切抜け他方木村寅雄に於ても、当時金融難の為現金を以て被告人に其の代金を支払うことが出来なかつた関係上、一カ月後を支払期日とする為替手形を振出して置き、其の支払期日が到来する迄の間に被告人から買受けた本件綿糸を織物に製造し、之を他に販売することに依り現金を取得し、其の金員で右手形金の支払に充当する意図であつたのではないかとも推察出来ないこともない。

又仮に本件取引の形式が被告人の主張する様に本件綿糸を担保とする金員の貸借であつたと認められたにしても、必ずしも物価統制令に違反しないとはいえず例へばそれが物価統制令第三条の禁止を免るる行為であると認められるならば、同令第九条に該当するものであるから、原審はすべからく公訴事実の同一性を害しない限度に於て、検察官に対し刑事訴訟規則第二〇八条の釈明権を行使して本件訴因罰条の追加変更を促すか、或いは刑事訴訟法第三一二条第二項に依り本件訴因罰条の追加変更を命ずるかして、本件公訴事実に対する審判を遂ぐべき職責があるものといはなければならぬ。

従つて原判決は審理不尽に依る事実誤認の疑があり、其の違法は判決に影響を及ぼすものというべきであるから破棄を免れない。論旨は理由がある。

(検察官の控訴趣意)

原審は公訴事実は犯罪の証明が無いとして無罪の判決を言渡したが該判決は左記理由により事実の誤認があつて判決に影響を及ぼす事が明であるから破棄を免れないものと思料する

第一本件公訴事実は

被告人は芦品郡駅家町大字江良百五十四番地の二に於て織物製造業を営み居る卜部織物株式会社の常務取締役であるが法定の除外事由が無いのに拘らず同会社の業務に関し昭和二十四年十月二十日頃右会社に於て同郡網引村大字宮内木村寅雄に対し綿糸単糸十六番手左撚チーズ四十丸を所定の統制額を金十五万四千六百九十九円七十八銭を超過する対価金二十二万円にて販売し

たとの点であるが被告人は右綿糸は借用金の担保であり売却したものでは無いと主張しているのである

併し乍ら証人木村寅雄は「右綿糸を被告人から代金は払つていないが買う約束をして品物を自己の指定した杉原金一郎方へ持つて行つて貰つた」(本件記録十七丁)「売買契約が成立したと思つたから綿糸を織物にするため委託に出した」(同記録六十八丁)旨の供述をなし証人杉原金一郎は「木村から綿糸を縞反に加工してくれと依頼され木村からだと云つて綿糸単糸十六番手左撚チーズ一梱を自動車で持つて来た」(同記録二十五丁裏二十六丁)旨の供述をなしており木村が右綿糸を買受けたものである事は明白である

若し被告人の主張の如く本件綿糸が借用金の担保であるならば木村が之を直ちに反物の加工に出すと言う事は考えられない事である

更に証人木村の「最初は卜部さん(被告人)は糸は製品にしなければならぬのだが金がないから致し方ないと云う様な事を云はれていた」(同記録二十二丁裏二十三丁)「此所に綿糸一梱があるがそれで何んとかならぬかと申したので手形ならどうかと申しますとそれでも良いと申された」(同記録十八丁裏)「私が手形を渡せば品物を出すと云う事でありました実際問題として通常業者間に於ける品物を出すと云う意味は品物を売ると云う意味に解釈されて居ります」(同記録十九丁)「糸で返すと云う様な事は云はなかつた」(同記録二十二丁)旨の供述によれば明に被告人は金銭に窮し綿糸を金にかえる意思であつた事は十分窺へるのであり更にその取引は商取引の通常として売買契約である事は明白である更に之を裏付けるものとして被告人は証人木村に対し「証人は当日一梱を二十三万円位で買つても一反八百円の縞反が出来るから損は無いと算盤を手に持つて居られたと思うが其の点はどうですか」(同記録二十四丁裏二十五丁)と尋問しているが之は明かに被告人自身の記憶を述べたものであり此の意味する所は木村が綿糸一梱を買つて果して利益があるかどうかを懸念したが故に発せられた言葉であり其の取引の状況が売買であつた事を立証するものであると云はざるを得ないのである

次に証人警察官森下豊の「被告人に対する取調は絶対に無理はして居ない」(同記録五十二丁、五十三丁)「被告人は取調の際担保にしたと云う事は全然云つておらない」(同記録五十三丁)旨の供述及び証人警察官最相注連男の「取調は絶対無理な事はありませんでした」(同記録六十一丁)「木村は事件で困つて居り二十番手の綿糸だけで後は見逃して呉れと云つて居りましたが併し警察では左様な事は許されないと云つたら任意的に犯行を自供したのであります」(同記録六十一丁)旨の供述により被告人も木村も任意に本件綿糸の売買取引を警察に於て自供した事実は明白である更に之を裏付けるものは証人木村の「警察では嚇かされたことなど無く任意な供述をしました」(同記録六十五丁裏)旨の供述である

更に証人木村の「卜部との綿糸一梱の売買契約は二十万円と申していたがそれは二十二万円の誤りで最初警察に二十万円と申したのでその後訂正するのはおかしいと思い其の儘二十万円で押通して来た」(同記録六十四丁)「金田(木村の義父)の帳簿中梅吉(被告人の実父)とある頁に二十二万円と書いたのは自分である」(同記録六十四丁裏)旨の供述により売買金額は二十二万円である事は明かである被疑者の心理として斯くの如き場合少しでも金額を少なく云おうとするものであり又最初云つた事を訂正すれば疑惑を深められると云う考えでその儘を押通すと言う事は極めて自然な事である

而も本件の場合売買金額二十二万円を立証するものとして金田義夫の取引台帳中梅吉関係部分の謄本(同記録七十七丁)が存在するのである

木村は本件取引後数日を出ずして逮捕され(同記録十九丁裏、五十九丁裏六十五丁)同時に金田義夫の取引台帳は差押えられ(同記録五十九丁裏)たものであり木村に於て故意に取引台帳中の金額を本件取引の後に作為する暇は全然存在しなかつたものであり従つて此の取引台帳記載の事項は其の真実性は十分であると認められるものである

第二、以上の各供述本件取引に係る綿糸の存在(同記録四十七丁)並に金田義夫の取引台帳中梅吉関係部分の謄本の存在を綜合すれば本件公訴事実は其の証明十分であると認められる

然るに拘らず原審が右各供述本件取引に係る綿糸の存在並に金田義夫の取引台帳中梅吉関係部分の謄本の存在を無視し本件取引が売買でないとの理由により無罪の言渡を為したるは事実の誤認あり誤認が判決に重大な影響を及ぼしたものと云うべきである

以上の理由により原判決は当然破棄を免れざるものと信ずるを以つて速かに原判決破棄の判決ありたい

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